2008年7月14日月曜日

Androidは携帯電話におさまらない(ま さんへの返信)



ま さんへの返信が思いのほか長くなってしまったのでエントリにしました。





Androidは今の時点では全てオープンでないことは知っていますが、全てオープンソースになるとアンディ氏は宣言しています。


本当にそうなるかどうかはわかりませんが、Androidでは隠しAPIなどは一切設けないということを先日のGoogle Tech Talk in 京都で聞きました。





プロプライエタリになるのはデバイスに近い部分だけで、アプリ開発者にはあまり影響はないと考えています。


実際そこはキャリアがどういうアプローチをするかはまだわかりませんが、実はあまりそこに興味はありません。


長くなるので詳しくは書きませんが、キャリアがアプリ開発者にとってオープンな戦略をとらなければ、数多く出てくるAndroidをベースにしたオープンな端末に駆逐されてしまう運命が待っているでしょう。





iPhoneが戦国の世に流れ着いた火縄銃だとすれば、Androidはその設計図と製作するための道具を提供しています。


長期的に見ればAndroidの方が進化していくのは明らかです。Androidの設計図があれば銃が簡単に作れます。その設計図を元に改良を重ね、大砲や光線銃を作ってしまう人も出てくるかも知れません。





わたしの頭の中ではすでにキャリアの呪縛からは解き放たれています。


最初の端末がリリースされてソースコードがオープンになれば、例えば我々のような小さな会社でもデバイスを一から作ることが可能になるからです。


また、Androidはむしろキャリアに縛られるような携帯電話用のプラットフォームにはおさまらず、組み込み端末のベースになっていくと思っています。





AndroidはAndroid自身を作ることが可能な道具を提供してくれるので、(別にiPhoneでなくてもいいのですが)iPhoneそっくりのものを作ることすら可能で、将来的にはそういったデバイスも安価でたくさん出てくると思います。


提供された箱庭から飛び出すことの方が開発者冥利に尽きます。


iPhoneのように完成されて組み立てられたおもちゃではなく、Androidはレゴブロックなのです。


可能性は無限大です。


iPhoneで出来ることは限られています。





決してバラせない完成品の高性能なロボットが20万円で売っていて、高性能なロボットの設計図とロボットを製作するための道具がタダで落ちていたら、私は迷わず設計図の方を拾うでしょう。


完成品のロボットも買ってしまうかもしれませんが、それを参考にしながら自分だけのロボットを作ることに情熱を燃やすと思います。





その昔私が小学生だった時にお年玉でラジコンカーを買いました。


友達もラジコンカーを持っていました。


友達のラジコンカーはバックが出来ました。


私の持っていたラジコンカーはバックが出来ず、前進と回転しかできませんでした。


バックできないのが無茶苦茶悔しくて、どうしてもバックできるように改造したかったのですが、どうにもその方法がわかりませんでした。電流を逆に流せばバックできるんじゃないか?くらいしかわかりませんでした。


私はバックが出来るラジコンカーを別に買うよりも、回転と前進しかできないラジコンカーの仕組みを理解してバックできるようにしたかったのです。


結局バックできるラジコンカーを翌年買ってしまい、その夢は叶いませんでしたが、今でも自分の中ではバックさせる事が出来なかった悔しさが忘れられません。


人から与えられたものをそのまま使うことではあまり面白さを感じられない性分のようです。





記載されている会社名、および商品名等は、各社の商標または登録商標です。

2 コメント:

  1. とても面白い話でした 返信にはもったいない
    なるほど、と思いながら読ませていただきました

    自分自身はキャリアの閉鎖的で排他的な姿勢に嫌気がさしていたので、特に日本のキャリアにプラットフォームを解放するような戦略を少なくとも自発的に起こせるとは思えませんでした。できたとしても既存の枠組みを守るような形が限界だと考えます。ここでキャリアを問題にしているのは、たぶん私自身がものづくりをしてそれを提供する場所を意識しているからだと、返信を読ませていただいて思ったのです。

    すべてをカスタムメイドで提供することの魅力はわかります(それで言語がJavaなの?という疑問も少しあるのですけれど)。私は多分サービスという要素を重要視するからだとおもうのだけれども、つくったものを提供する手段をどうするか、がとても重要でした。携帯端末を普及させる行為は自分の手にあまります。それともう一つ、完全にカスタムな端末がそれこそ星の数生まれてしまうと、むしろ混乱するのではないかと考えます。一つのユーザーインタフェースが人々に受け入れられるのには時間と試行錯誤が必要だからです。端末ごとに異なってしまうことでそれは難しくなると思います。iPhoneのインタフェースが最高だとは思いませんけれど、端末それ自体の存在意義に含まれているだけに、今後試練を受けることになるでしょう。それはこれから生まれるほかの端末にとっても同様です。多様な進化が求められるのか、集約していくのか、とても楽しみに思います。

    ただ、何にせよ世界的な潮流はオープン化であると思います。日本のキャリアはその波にどう対応するのかが問われると思います。少なくとも日本のキャリア同士でお互いの仕様を調整するような動きはこれまで見たこともありません。それぞれがその枠を守りながら拡大するために、時にAndroidを取り込みながら独自路線を進むのではないかと思います。

    それはそれとして、携帯電話のような大規模な設備を必要としない周波数帯域を使った無線通信デバイスには魅力があります。あるいは無料で利用可能なものであれば、特定用途にフォーカスしたサービスやアプリケーションを提供できるのではないかと思いますね。以前考えていたものに、Bluetoothのような近距離デバイスでお互いの位置を測定するなどして、サッカーなど集団スポーツのフォーメーションや戦略立案をサポートするソリューションなどがありました。それこそ端末から考えて自作していかなければならない世界なので、もっともっとオープンな時代がやってくるといいと思います。

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  2. Androidの宣伝文句を100%鵜呑みにした理解だなぁと思うな。
    Androidが進化するのは明らかなのにiPhoneはもう進化しないんですか?
    Androidで出来ることは他の組み込み系Linuxプラットフォームもやりますが?

    逆にオープン性=汎用性を無視したiPhoneではマルチタッチのような独自性を発揮した
    独創性溢れるアプリケーション開発が可能になっていることが、App Storeの盛り上がり
    を演出しています。ソフトウェアは機能的には既に成熟していて、決してオープンであること
    が武器にならないと思う。(というより普通の入力インターフェースでは他との違いが出せない)
    そしてAndroidは汎用性が重要なので、面白いことが出来ないし、やったら互換性がなくなる。
    そもそも独自改良版Javaのサンドボックスモデルで、アクセス出来る機能は限られているから、
    何もかもオープンだ自由だなどというのは幻想で、機能が限定されているから好き勝手が許されてる。

    ・様々な組み込み系端末に採用されるのはLinuxでありAndroidではありません。
    ・オープン化されたウェブの技術さえあれば、端末がクローズドであろうが違いはありません。
    ・仮に様々なAndroid端末が登場したとして、ハードの仕様が共通化されているはずがないので、
    互換性が確保されて一大プラットフォームに成長するわけではありません。つーか、
    独自改良版Javaなので他のJava環境と互換性がありません。

    そもそもオープンだから普及するという理屈が間違いですよ。
    →Windows>Mac>Linuxが現実でしょう。オープンな端末といううたい文句の製品で
    成功例を上げてみて下さい。開発単価が下がると革新が生まれるのですか?
    違います。ただ単に見た目に拘ったどうでもいい端末が増えるだけです。
    彼らはOSをどうにか出来る能力がないからそれに頼るのです。その例としては、
    日本であり中国の質の低い偽物端末の乱発です。

    結局、Androidは乱立する組み込み系Linuxプラットフォームの一つにすぎない。
    幻想を抱くのは結構ですが、抽象的な妄想ばかりで具体性にも乏しく馬鹿の一つ覚えで
    オープン化凄いというのはいつの時代も同じなんですね。

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